「適正原価」の具体像が見えてきた
2026.08.28
コラム
国土交通省の検討会資料から読み解く、運賃・帰り荷・取扱事業者への影響
※本コラムは、2026年8月8日時点で国土交通省が公表している最新資料をもとに作成しています。検討中の内容は、今後変更される可能性があります。
目次
1.はじめに
2.「適正原価」はいつ始まるのか
3.標準的運賃との決定的な違い
4.適正原価には何が含まれるのか
5.「固定費が決められる」とはどういう意味か
6.帰り荷・空車回送はどのように扱われるのか
7.取扱事業者・利用運送事業者への影響
8.荷主様と運送会社様が今から準備すべきこと
9.おわりに
1.はじめに
2026年7月17日、国土交通省は「適正原価の設定に向けた有識者検討会」を開催しました。
これまで「適正原価」という言葉は使われていても、具体的にどのような費用を含め、どのような方法で計算するのかは明確になっていませんでした。
しかし、今回公表された資料では、適正原価の基本的な考え方だけでなく、計算式のイメージや構成項目、地域差、帰り荷、委託手数料、多重取引構造への対応など、かなり具体的な論点が示されています。
ただし、最初に大切な点を確認しておかなければなりません。
2026年8月8日現在、適正原価の具体的な金額や計算方法は、まだ正式決定されていません。現在は、検討会で制度設計の方向性が示された段階です。
したがって、「適正原価の金額が決まった」「すべての運送に一律の最低運賃が適用される」と断定することはできません。
一方で、今後どのような方向へ進もうとしているのかは、今回の資料からかなり明確に見えてきました。国土交通省・適正原価検討会
2.「適正原価」はいつ始まるのか
適正原価制度は、2025年6月11日に公布された改正トラック法によって導入されます。
法律では、公布から3年以内に施行するとされており、国土交通省の最新資料では、2028年6月までの全面施行が予定されています。
つまり、2026年8月現在、すでに適正原価制度が全面的に適用されているわけではありません。
一方、2026年4月1日からは、次の制度が先行して施行されています。
違法な白ナンバートラックの利用に関する荷主等への規制
委託次数を原則二次請けまでとする努力義務
貨物利用運送事業者への書面交付義務
元請となる貨物利用運送事業者の実運送体制管理簿作成義務
一定規模以上の利用運送事業者に対する運送利用管理規程・管理者制度
適正原価だけを単独で見るのではなく、契約の書面化、多重下請構造の可視化、許可更新制度と一体になった改革と考える必要があります。国土交通省・改正貨物自動車運送事業法Q&A
3.標準的運賃との決定的な違い
現在の「標準的運賃」と、新しく導入される「適正原価」は、似ているようで役割が異なります。
標準的運賃は、能率的に経営する運送会社様が必要な原価に適正な利潤を加えた、荷主様から収受すべき運賃の参考指標です。
これに対して適正原価は、運送会社様が法令を守り、安全に事業を継続するために最低限必要となる原価です。
整理すると、次の関係になります。
荷主様から収受すべき運賃
=適正原価+運送会社様の適正な利潤
重要なのは、適正原価そのものには「適正な利潤」が含まれないと整理されていることです。
そのため、適正原価と同額で仕事を受け続ければ、原価は確保できても、会社として利益を残すことが難しくなります。
適正原価は「適正な販売価格」ではなく、これ以上継続的に下回れば安全や雇用、事業継続に支障が生じる最低限の原価基準です。
なお、適正原価制度の導入に伴い、現在の標準的運賃制度は廃止される予定です。ただし、荷主様との運賃交渉で参考にできるモデル運賃を別途示す必要性についても検討されています。国土交通省・適正原価の設定に向けた論点提示
4.適正原価には何が含まれるのか
検討会では、適正原価の構成要素として、次のような項目が示されました。
走行距離に関係なく発生する固定費
・車両の減価償却費
・全産業平均の賃金を踏まえた人件費
・社会保険料・福利厚生費
・自動車関係税
・自動車保険料
・許可更新手数料
・借入金利息
・間接費
・安全確保に必要な経費
・事業継続に必要不可欠な投資の原資
走行距離に応じて発生する変動費
・燃料費
・オイル費
・タイヤ費
・尿素水費
・車検・修理費
・変動費に相当する間接費
運賃とは別に扱う料金・実費
・待機時間料
・積込料・取卸料
・附帯業務料
・委託手数料・利用運送手数料
・有料道路利用料
・フェリー利用料
・特殊車両通行関係費用
・中継輸送施設の使用料
・燃料サーチャージ
特に注目したいのは、安全確保に必要な経費と、事業継続に必要な投資の原資です。
安全経費には、点検や車検、講習だけでなく、任意保険、ドライブレコーダー、デジタルタコグラフなども含める方向が示されています。
また、事業継続のための投資には、人材確保・人材育成、労働環境の改善、災害時の事業継続計画などに必要な資金を含めることが検討されています。
単に「トラックを今日動かす費用」だけでなく、「将来も安全に運送を続けるための費用」まで原価に含めようとしている点は、大きな変化です。
5.「固定費が決められる」とはどういう意味か
適正原価制度について、「国が全国一律の固定費を決める」と受け取られることがあります。
しかし、今回示された方向性は少し異なります。
検討会資料では、次のような算定式のイメージが示されています。
適正原価
=運賃原価+委託手数料+料金原価+燃料サーチャージ+実費
運賃原価については、さらに次のように計算する案です。
時間当たり固定費×総稼働時間
+キロ当たり変動費×総走行距離
そして、時間当たり固定費やキロ当たり変動費を、地域、車種、車格ごとに示す方向が検討されています。
つまり、現段階では、全国すべての運送会社様に同じ金額を当てはめるというよりも、一定期間の総稼働時間や総走行距離を入力し、地域や車種に応じた単価を使って適正原価を算出する方向です。
また、現在の標準的運賃のような距離別運賃表ではなく、一定期間の実績から適正原価を導き出す「算定式方式」が有力な案として示されています。
これは、個別の1運行だけを見る制度ではなく、一定期間における会社全体の収受状況や支払状況を確認する制度になる可能性を示しています。
6.帰り荷・空車回送はどのように扱われるのか
帰り荷は、今回の検討会でも重要な論点になっています。
現在の標準的運賃は、帰り荷が見つからない場合でも原価を確保できるよう、実車率を50%として計算しています。往路に荷物があっても復路が空車になる可能性を考慮しているためです。
しかし、適正原価制度では、標準的運賃の前提をそのまま使用するのではなく、実際の運送や取引の状況を踏まえて、実車率や回送料金の扱いを見直すことが検討されています。
さらに資料では、同じ運輸局内でも東京都と山梨県のように費用差があることや、帰り荷へどの地域の適正原価を適用するのかも論点として示されました。
ここには、今後の物流効率化に関わる非常に重要な意味があります。
帰り荷を確保して実車率を高めた運送会社様と、復路を空車で走る運送会社様が、まったく同じ条件で適正原価を計算するのが妥当なのか。効率化によって原価が下がった場合、その成果を荷主様と運送会社様のどちらに、どのように配分するのか。
これらは、まだ結論が出ていません。
ただし、帰り荷を確保して物流を効率化したからといって、運送会社様が適正な利益を得られないほど安く受注してよいという意味ではありません。
帰り荷の活用によって生まれた効率化の成果を、荷主様の総コスト削減、運送会社様の収益改善、空車走行とCO₂排出量の削減につなげる仕組みが必要です。
今後の制度設計では、効率化した会社ほど不利になることのないよう、適切な評価方法が求められます。
7.取扱事業者・利用運送事業者への影響
適正原価制度が始まっても、取扱事業者や利用運送事業者が直ちになくなるわけではありません。
車両の手配、荷主様への対応、緊急時の代替輸送、運行状況の管理、書類作成、事故・トラブル対応など、実際に価値ある業務を提供している事業者は、これからも物流に必要です。
一方で、単に運送案件を右から左へ流し、委託を繰り返すだけの事業者にとっては、厳しい制度になる可能性があります。
今回の資料では、委託手数料・利用運送手数料を適正原価の構成要素に含める案が示されています。
しかし、これを「仲介手数料はいくら上乗せしてもよい」と解釈することはできません。
重要なのは、末端の実運送事業者に対しても、適正原価を下回らない運賃・料金が確実に支払われることです。
たとえば、荷主様から受け取った金額が高くても、途中で手数料が差し引かれ、実際に運ぶ運送会社様への支払額が適正原価を下回れば、問題になる可能性があります。
また、運送会社様や利用運送事業者が他の運送会社様へ委託する場合も、適正原価を継続的に下回らないようにする義務が課されます。
したがって、今後問われるのは「取扱事業者が存在するかどうか」ではありません。
その手数料に見合う付加価値を、荷主様と実運送事業者の双方へ提供しているか。
この点が、これまで以上に厳しく見られるようになります。
なお、今回の資料だけでは、取扱事業者の利益額や手数料率が自動的に荷主様へすべて開示されるとまでは決まっていません。
ただし、運送の対価、荷役・附帯業務の対価、実運送体制、委託関係の書面化が進むことで、これまで見えにくかった取引構造が可視化される方向にあることは確かです。
8.荷主様と運送会社様が今から準備すべきこと
荷主様に必要な準備
荷主様は、運賃を単に「前年より高いか安いか」で判断するのではなく、その金額に何が含まれているのかを確認する必要があります。
特に、次の項目を分けて把握することが重要です。
・純粋な運送の対価
・荷待ち時間の対価
・積込み・取卸しの対価
・附帯業務の対価
・高速道路・フェリーなどの実費
・燃料サーチャージ
・取扱・利用運送に必要な手数料
また、運送会社様との直接的な情報共有を早め、荷待ち時間の削減、予約受付、パレット化、帰り便の活用など、運賃を一方的に下げるのではなく、運送原価そのものを合理的に下げる取組が必要になります。
運送会社様に必要な準備
運送会社様は、国が示す適正原価だけを待つのではなく、自社の原価を把握しておく必要があります。
・車種別・車両別の固定費
・1時間当たりの人件費
・1km当たりの燃料費・タイヤ費・整備費
・荷待ち・荷役時間
・空車回送距離
・実車率・積載率
・委託した運送の支払額
・委託を受けた運送の収受額
これらを記録できていなければ、適正原価を説明することも、荷主様と根拠ある交渉をすることも難しくなります。
特に今後は、「この運賃では赤字です」という説明だけではなく、「この運行には何時間、何km、どのような作業と費用が発生するため、この金額が必要です」と示す力が求められます。
9.おわりに
適正原価制度は、単なる運賃値上げの制度ではありません。
安全を守り、ドライバーに適正な賃金を支払い、車両を整備し、人材を育て、将来も物流を継続するために必要な原価を、社会全体で正しく認識するための制度です。
一方で、適正原価は運送会社様の利益まで保証するものではありません。適正原価に適正な利潤を加え、初めて持続可能な運賃になります。
また、効率化を進めた運送会社様の原価が下がったからといって、その成果がすべて運賃の引下げに使われてしまえば、企業努力が報われません。
帰り荷の確保、荷待ち時間の削減、積載率の向上、早めの情報共有によって生まれた成果を、荷主様・運送会社様・社会の三者で分かち合う仕組みが必要です。
これからの物流に求められるのは、安さだけを競う取引ではありません。
「なぜ、この運賃が必要なのか」
「その費用によって、どのような安全と品質が守られているのか」
「効率化によって生まれた価値を、誰とどのように分かち合うのか」
適正原価制度は、物流に携わるすべての人が、こうした本質的な問いに向き合う大きな転換点になると考えています。
