適正原価を違う角度から考える|安さから価値と技術で競争する日本へ
適正原価を、違う角度から考えてみる
― 安さを競う日本から、価値と技術を競う日本へ ―
2025年6月に公布された「トラック適正化二法」を受け、国土交通省では「適正原価」の具体的な制度設計に向けた議論が進められています。
2026年7月17日に第1回「適正原価の設定に向けた有識者検討会」が開催され、8月26日の第2回検討会では、関係団体へのヒアリングなどが行われました。
適正原価という言葉を聞くと、
「運送会社はいくらの運賃を受け取るべきなのか」
という、運送会社と荷主企業の間の問題として捉えがちです。もちろん、それは非常に重要な論点です。
しかし、物流を支えている産業全体まで視野を広げると、別の意味が見えてくるのではないでしょうか。
トラックを供給する企業。タイヤ、燃料、オイル、保険、整備、ITを支える企業。そして地域社会。
運送会社が事業を続けられるかどうかは、こうした周辺産業の市場や、次の技術を生み出す力にもつながっています。
本稿で考えたいのは、次の一つの仮説です。
必要な原価を確保することは、運送会社を守るだけではなく、周辺産業の技術投資を促し、その技術によって物流の生産性を高め、最終的に荷主企業や社会へ効果を返す循環の出発点になり得るのではないか。
なお、本稿は、現在国が検討している適正原価制度を説明する記事ではありません。全国一律の価格や、企業・業界団体による最低価格の設定を提案するものでもありません。実際の制度設計には、独占禁止法を含む競争政策との整合性など、慎重な検討が必要です。
あくまで物流に携わる一企業として、「必要な原価を守ることが、日本企業の競争や技術投資をどう変える可能性があるのか」を考えるコラムです。
この記事で分かること
- 適正原価を、運送会社と荷主企業だけの問題にしない考え方
- 「守るべき原価」と「改善すべき非効率」を分ける必要性
- 技術投資の成果を、物流効率化と荷主企業への還元につなげる視点
目次
- 地域差を、あえて逆から考えてみる
- 大手と中小は、原価を削った先で競争できないか
- 守るべき原価と、守ってはいけない非効率
- 競争をなくすのではなく、競争する場所を変える
- 運送会社は、周辺産業にとって「お客様」でもある
- 高い商品が、会社全体のコストを下げる可能性
- 価格が上がるだけなら、この仮説は成功ではない
- 地方の物流と地域産業はつながっている
- AIは価格を決めるのではなく、判断材料を増やす
- 丸共協同株式会社として考えること
1.地域差を、あえて逆から考えてみる
適正原価では、「地域をどの単位で考えるのか」も重要な論点の一つです。
人件費、物価、土地、道路条件、物流の密度は地域によって違います。そのため、地域ごとに原価が異なるという考え方には合理性があります。
一方で今回は、あえて逆方向から考えてみます。
コスト条件の厳しい地域であっても、安全を守り、適正な賃金を払い、必要な設備を更新しながら事業を継続できる。そのために必要な費目や条件を、地域や企業規模を超えた共通の評価軸として考えることはできないでしょうか。
これは、「日本で最も高い会社の原価を、そのまま全国で採用する」という意味ではありません。地域差をなくすことでも、非効率な経営まで保護することでもありません。
安全、人、設備、法令遵守、事業継続、将来への投資。
こうした本来削ってはいけない部分については、どの地域の企業にも持続可能性を判断する共通の土台が必要ではないか、という思考実験です。
2.大手と中小は、原価を削った先で競争できないか
同じ業界でも、大企業と中小企業では条件が異なります。
大企業には、大量購入による調達力、資金力、信用力、設備投資力があります。AIやDXなど、新しい技術を試す余力も比較的大きいでしょう。
一方、中小企業では、仕事も売上もあるのに利益がほとんど残らず、車両更新や人材育成、安全設備、デジタル化への投資が難しいことがあります。
大手と中小を完全に同じ条件にすることはできません。しかし、持続するために必要な部分まで削る競争から、必要な原価を確保した先で付加価値を生み出す競争へ移ることはできないでしょうか。
「誰が最も安いか」だけではなく、「限られた資源から誰がより大きな価値を生み出せるか」を競う。
適正原価には、そのスタートラインを少し近づける可能性もあると考えます。
3.守るべき原価と、守ってはいけない非効率
必要な原価を守ると、非効率な企業まで守ってしまうのではないか。
これは、この仮説を考えるうえで避けて通れない問題です。
| 分類 | 主な項目 |
|---|---|
| 守るべき原価 | 安全確保、適正な人件費、法令遵守、必要な車両更新・修繕、人材育成・設備投資 |
| 改善すべき非効率 | 改善可能な荷待ち、不必要な空車回送、著しく低い積載率、改善余地の大きい燃費、過大な管理コスト |
ただし、荷待ち時間のように、運送会社だけでは解決できず、発着荷主を含む関係者全体で改善すべき項目もあります。誰の責任かを曖昧にしたまま、すべてを運送会社の非効率として扱うべきではありません。
必要なコストと改善余地を分けるには、公的統計、標準的な生産性指標、地域・車種・距離などの条件比較、算定根拠の透明化、定期的な見直し、第三者による検証が必要です。
適正原価は、非効率をそのまま保護する仕組みではなく、必要な原価を守りながら生産性向上を促す土台であるべきです。
4.競争をなくすのではなく、競争する場所を変える
一定の原価を守れば、競争がなくなるのでしょうか。
私たちは、競争そのものをなくすのではなく、競争する場所を変えられる可能性があると考えます。
「誰が最も安いか」から、「誰が最も価値を生み出せるか」へ。
安全性、燃費、耐久性、自動化、AI、品質、情報提供、環境性能、サービス。
最低限必要な原価を削って利益を生み出すのではなく、新しい価値を生み出すことで利益を得る。価格だけではなく、総合的な価値によって選ばれる競争です。
もちろん、正当な価格競争まで否定するものではありません。問いたいのは、安全や人材、設備更新を犠牲にする安さが、本当に持続可能な競争なのかということです。
5.運送会社は、周辺産業にとって「お客様」でもある
適正原価を運送業界の外側から見ると、もう一つの関係が見えてきます。
運送会社は、ディーラー、タイヤ会社、燃料会社、オイルメーカー、保険会社、整備会社、IT企業にとってのお客様でもあります。
運送会社に利益が残らなければ、車両更新を延期し、設備投資を控え、高性能な商品や新しいサービスを試す余力を失います。運送会社そのものが減れば、周辺企業は販売先や技術を試す市場を失う可能性があります。
反対に、運送会社が持続可能になれば、新しい車両、安全設備、整備サービス、保険、AIなどを導入する需要が生まれます。市場があるからこそ、周辺企業も次の技術やサービスへ投資できます。
ここに、適正原価を運送会社だけの問題として考えない理由があります。
6.高い商品が、会社全体のコストを下げる可能性
例えば、タイヤを考えてみます。
標準的な価格と性能の商品。少し高いけれど燃費性能に優れた商品。さらに高いけれど、長寿命で摩耗状態まで管理できる商品。
購入価格だけを見れば、最も安い商品が選ばれるかもしれません。しかし、数年間の燃料費、交換回数、車両停止時間、安全性まで含めて考えると、少し高い商品のほうが会社全体の総コストを下げる場合があります。
判断基準を「1本いくらか」から、「使い終えるまでに会社全体でいくらかかるか」へ変えるのです。
同じ考え方は、ほかの分野にも広げられます。
| 分野 | 価格以外で競える価値 |
|---|---|
| トラック・ディーラー | 燃費、安全装置、故障予測、予防整備、修理時間の短縮 |
| タイヤ・オイル | 低燃費、長寿命、交換周期、車両寿命への貢献 |
| 保険 | 事故後の補償に加え、事故を減らす仕組み |
| IT・通信 | AI配車、空車削減、積載率向上、荷待ち時間の可視化 |
「いくら安く売れるか」だけではなく、「この商品やサービスによって、お客様の経営をどれだけ良くできるか」を競う。これが付加価値競争です。
高性能な商品やサービスは、購入時には高く見えるかもしれません。しかし、燃料、事故、故障、空車、荷待ち、人の作業時間を減らせるのであれば、物流全体の総コストを下げる可能性があります。
仕入先の利益を削って物流費を下げるのではなく、技術と知恵によって物流費を下げるという考え方です。
7.価格が上がるだけなら、この仮説は成功ではない
適正な原価を確保する過程では、短期的に物流費や商品価格が上昇する可能性があります。荷主企業や消費者にとって、これは軽視できない問題です。
だからこそ、「適正原価だから高くなって当然」で終わってはいけません。
価格調整によって生まれた余力を、人材、設備、AI、安全、省燃費技術、物流効率化へつなげる。そして、その投資によって生産性を高める必要があります。
もし価格だけが上がり、生産性も安全性も変わらないのであれば、この仮説は成功とは言えません。
見るべきなのは、必要な原価を確保できたかだけではありません。
空車回送、積載率、燃費、事故、故障による停止時間、荷待ち時間などがどれだけ改善したのか。その成果が、安定輸送、品質向上、物流費の抑制という形で荷主企業へ返ったのか。
そこまで検証して、初めて産業全体の循環になります。
8.地方の物流と地域産業はつながっている
地方では、配送距離が長い、荷物の密度が低い、帰り荷を確保しにくい、人材を採用しにくい、整備拠点が遠いといった条件があります。
そこで運送会社が減れば、困るのは物流利用者だけではありません。
地域のディーラー、整備会社、燃料販売、タイヤ販売、保険代理店なども市場を失い、地域で受けられるサービスが縮小する可能性があります。
人口減少、物流需要の減少、運送会社の減少、周辺産業の縮小、地域サービスの低下。
この連鎖を考えると、適正原価は地域物流の維持だけではなく、地域の産業基盤をどう残すのかという問題にもつながっているのではないでしょうか。
9.AIは価格を決めるのではなく、判断材料を増やす
この仮説を検証するうえで、AIは有効な分析支援になり得ます。
人件費、燃料価格、車両価格、修繕費、保険料、走行距離、空車率、積載率、荷待ち時間、人口密度、物価、道路条件などを分析すれば、「この条件で持続可能な物流を行うには、何にどの程度の費用が必要なのか」を考える材料が増えます。
同時に、同じ条件の事業者と比べて空車率が高い、燃費が大きく悪い、荷待ち時間が突出しているといった改善余地を見つけることにも使えるでしょう。
AIが価格を自動的に決めるのではありません。
「守るべき原価」と「改善すべき非効率」を見分けるために、人の判断を支えるものとして使う。その位置づけが重要です。
そのためには、どのデータを使い、どの前提で計算し、なぜその結果になったのかを人が確認できる透明性も欠かせません。
10.丸共協同株式会社として考えること
私たちは、今回の考え方が唯一の正解だと主張するものではありません。
原価の考え方には、物価への影響、地域差、企業ごとの生産性、競争政策、非効率な企業を温存する可能性など、多くの課題があります。
だからこそ、「高い原価を認めればよい」という単純な話ではありません。
守るべき原価は守る。
改善できる非効率は改善する。
企業が次の技術へ投資できる余力を残す。
その投資によって生産性と安全性を高める。
そして、その成果を荷主企業や社会へ返していく。
この一連の流れが成立しているかまで確認することが重要だと考えています。
企業努力とは、誰かの利益を削って自社の利益に変えることだけではありません。
燃料、事故、故障、空車、荷待ちを減らす。情報を早く共有する。同じ資源から、より多くの価値を生み出す。
誰かから1円を削るのではなく、技術と知恵によって新しい1円を生み出す。
そのような企業努力が増えれば、日本の産業全体を強くできる可能性があります。
まとめ
適正原価は、運賃を上げるためだけの議論でも、運送会社だけを守るための議論でもないのではないでしょうか。
必要な原価は守る。しかし、非効率までは守らない。
その土台の上で、価格だけではなく、技術、品質、安全、サービス、生産性、付加価値で競争する。
運送会社が持続すれば、周辺産業の市場が残ります。市場が残れば、新しい技術やサービスへの投資が生まれます。その技術によって物流が効率化すれば、荷主企業にも効果を返すことができます。地域に運送会社が残れば、その周りで働く企業や地域産業の維持にもつながります。
あくまで、丸共協同株式会社としての一つの仮説です。
安さだけを競う日本から、価値と技術を競う日本へ。
誰かの利益を削る企業努力から、技術と知恵で新しい価値を生み出す企業努力へ。
適正原価を違う角度から見ることが、その変化を考える一つのきっかけになるのではないでしょうか。
