適正原価は一律に決められるのか 帰り荷・実車率から見える物流原価の課題
適正原価は一律に決められるのか
帰り荷・実車率・車両年数から見えてきた物流原価の大きな壁
トラック運送業界で導入が予定されている「適正原価」の制度設計が、重要な段階に入っています。
2026年10月1日、国土交通省は第3回「適正原価の設定に向けた有識者検討会」を開催しました。
ヒアリングには、全国通運連盟、全国交通運輸労働組合総連合、日本経済団体連合会、全国中小企業団体中央会、日本新聞協会の5団体が参加しました。
議論が進むにつれて見えてきたのは、「適正原価をいくらにするのか」という数字だけの問題ではありません。
車種、地域、走行距離、帰り荷、回送、車両の使用年数、荷役、待機時間、物流効率化などが異なる中で、どこまで共通の基準にし、どこまで実態に合わせて細分化するのか。
ここに、適正原価制度を設計するうえでの大きな壁があります。
適正原価とは何か
適正原価は、2025年6月11日に公布された改正トラック法により導入される制度です。
国土交通省によると、適正原価を下回る運賃・料金の制限に関する規定は、公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日に施行されます。
したがって、遅くとも2028年6月までに施行されることになります。
ここで重要なのは、「適正原価」と「運賃」は同じではないという点です。
国土交通省は、適正原価を事業の適正な運営に必要な費用を基に算定する原価として整理しています。
適正な利潤そのものは適正原価には含まれず、実際に荷主から収受する運賃・料金については、原価に適正な利潤を加えて考える必要があります。
また、現在の検討では、個別の運送契約一件ごとに適正原価以上かどうかを見るのではなく、一定期間における運賃・料金収入全体と適正原価全体を比較する方向性が示されています。
「実車率50%」と実際の物流には差がある
今回、特に注目したいのが「帰り荷」と実車率です。
現行の標準的運賃では、帰り荷がない場合でも帰路に必要な原価を確保できるよう、実車率50%を前提として計算しています。
しかし、国土交通省が第2回検討会で示した実態調査では、実車率はすべての距離帯で50%を上回っていました。
| 距離帯 | 実車率 | 回答数 |
|---|---|---|
| 0~50km | 66% | 3,160 |
| 200~250km | 71% | 1,263 |
| 400~450km | 79% | 471 |
| 450~500km | 81% | 303 |
この結果から分かるのは、「行きは荷物を積み、帰りは必ず空車」という前提だけでは、実際の物流を十分に表現できないということです。
一方で、すべての地域や輸送で同じように帰り荷を確保できるわけでもありません。
地方、長距離、特殊車両、特定品目などでは、帰り荷を探しても簡単には見つからないケースがあります。
この違いを適正原価にどう反映するかが、大きな論点になります。
日本新聞協会が示した「一律化」への違和感
LOGISTICS TODAYの第3回検討会の報道では、日本新聞協会から興味深い問題提起が行われています。
新聞輸送では荷待ち時間がほとんど発生しないという業界特性があるほか、製紙会社のトラックでは7割から8割程度で帰り荷を確保しているとして、業界による効率化努力を評価せず、一律に帰り荷なしを前提とすることへの懸念が示されたと報じられています。
また、貨物車の実際の平均使用年数が約16年とのデータを示し、標準的運賃で用いられている5年償却をそのまま適正原価に反映した場合、荷主負担が過剰になる可能性についても懸念を示したと報じられています。
同じトラック輸送でも、業界や企業によって運行方法は大きく異なります。
5年で車両を更新する会社と、10年以上使用する会社では、一年当たりの車両コストの見え方も変わります。
ただし、実際の平均使用年数だけを基準にすればよいとも限りません。
安全性の向上、新車への更新、環境対応、新技術への投資など、将来に必要な資金も確保する必要があるからです。
第3回検討会の資料と議事要旨は、国土交通省ホームページで後日公表予定です。この節の具体的な発言については、現時点ではLOGISTICS TODAYの報道に基づいています。
効率化すると運賃を下げなければならないのか
適正原価を考えるうえで、もう一つ重要なのが「物流効率化」です。
運送会社が配車を改善し、帰り荷を確保し、走行距離や稼働時間を削減した場合、その努力を制度上どのように評価するのかという問題があります。
LOGISTICS TODAYによると、全国通運連盟は第3回検討会で、空コンテナ輸送の削減、積載率の向上、輸送ルートの見直しなど、事業者の努力によって生じるコスト削減効果について、直ちに運賃引き下げの根拠とするのではなく、将来の設備投資や安全対策などへの投資原資として評価すべきだとの考えを示しました。
一方、国土交通省の第2回資料では、少し異なる角度から整理されています。
走行距離や稼働時間を減らす効率化については、人材確保、サービス向上、新たに生まれた輸送余力を別の仕事に活用できることなどから、物流効率化のインセンティブが損なわれることはないのではないか、という考え方が示されています。
また、変動費や固定費の単価を下げる効率化では、実際の原価が下がっても適正原価の算定額が変わらない場合、運賃を維持して追加的な利益を得ることも、運賃を下げて価格競争力を高めることも可能と整理されています。
ただし、効率化後の実際の原価に利潤を加えた運賃が適正原価を下回る場合には、適正原価以上まで運賃を調整する必要があります。
この場合、さらに効率化を進めるインセンティブが働きにくくなる可能性がありますが、国交省は、ダンピングを防止し、公正な競争環境を確保するという制度目的から、一定の制約はやむを得ないのではないかとの考え方も示しています。
適正原価制度には、原価を守ることと、企業の効率化努力を評価することの両立が求められます。
一律化しても難しい、細分化しても難しい
適正原価には大きなジレンマがあります。
2トン車と10トン車、平ボディとウイング車、冷凍車と常温車、都市部と地方、近距離と長距離では必要な原価が違います。
さらに同じ10トン車でも、年間走行距離、燃費、車両価格、使用年数、高速道路の利用、荷役時間、待機時間、帰り荷の確保状況によって採算は変わります。
これらをすべて細かく分類すれば、実態には近づきます。
しかし、制度が複雑になり過ぎれば、特に中小運送会社にとって計算や運用の負担が大きくなります。
反対に、「この車種なら全国一律でこの原価」という大きな区分だけにすれば、制度は分かりやすくなりますが、実際の輸送とのずれが大きくなる可能性があります。
今回の議論で浮かび上がった「一律化と細分化」の問題は、まさにここにあります。
運賃交渉は広がったが、収受額にはまだ差がある
2026年8月26日に国土交通省が公表した調査では、運賃交渉を行ったトラック事業者は約90%でした。
そのうち「希望額を収受できた」「一部収受できた」を合わせ、荷主から一定の理解を得られた事業者は約78%で、事業者全体では約70%となっています。
一方、2024年3月に告示された標準的運賃との比較では、8割以上を収受できている事業者は約35%でした。
ここで注意したいのは、この調査を過去の調査と単純に比較できないことです。
国土交通省自身が、今回の調査は過去調査よりサンプル数が少なく、回答者の地域構成も前年度と大きく異なるため、結果の解釈や過去調査との単純比較には一定の留保が必要だとしています。
そのため、本稿では前年から改善した、あるいは悪化したと単純に評価せず、現在の調査結果を示す数字として捉えます。
帰り荷は「原価」と「効率化」の両方に関係する
丸共協同株式会社では、これまでも帰り便・帰り荷を物流効率化の重要な方法の一つとして考えてきました。
今回の国交省資料では、帰り荷について適正原価との関係が具体的に示されています。
国交省は、回送距離に必要な原価を荷主から回収するより、帰り荷を確保して実車距離分の運賃として収受する方が交渉しやすいため、運送会社には帰り荷を確保し、実車率を高めるインセンティブが働くのではないかと整理しています。
帰り荷は、単に「帰り道に仕事を入れる」という話ではありません。
一つの車両、一人のドライバー、一つの運行をどれだけ有効に活用するかという、物流全体の生産性にも関係します。
ただし、帰り荷を確保できる地域とできない地域を同じ条件で評価すれば、新たな不公平が生まれる可能性もあります。
だからこそ、適正原価には「全国共通の基準」と「実際の輸送条件」の両方を見る仕組みが必要になります。
丸共協同株式会社が考える適正原価の本質
適正原価について、今後注目されるのは「最終的にいくらになるのか」だけではありません。
重要なのは、
「なぜ、この輸送にはこの原価が必要なのか」
を荷主と運送会社の双方が確認できることだと考えます。
燃料費、人件費、車両費、高速道路料金、荷役、待機時間、回送、帰り荷などを見えるようにすれば、単純に「高い」「安い」だけではなく、数字に基づいた運賃交渉がしやすくなります。
一方で、効率化に成功した会社の努力が正しく評価され、そこで生まれた利益を人材、車両、安全、DXなどへの次の投資につなげられることも重要です。
原価を守ること。
ダンピングを防ぐこと。
効率化を止めないこと。
必要な投資を続けること。
適正原価制度には、これらを同時に成立させる制度設計が求められています。
今後の焦点は「金額」より「計算方法」
検討会は年内の提言取りまとめに向けて議論を進めています。
今後特に注目したいのは、実車率をどう扱うのか、車両の使用年数や減価償却をどう設定するのか、地域差や車種をどこまで細分化するのか、効率化をどう評価するのか、そして「一定期間」をどのような単位で判定するのかという点です。
そして、もう一つ重要なのは、検討会で適正原価の具体的な金額そのものを決める予定ではないということです。
国土交通省は、第1回検討会の段階から、提言では適正原価の目的、定義・位置付け、構成要素、算出の枠組みなどを整理し、具体的な金額については議論しないことを想定しています。
10月2日のトラックニュースも、国交省が検討会では具体的金額を議論せず、提言後に告示で示す方針だと報じています。
つまり、現段階で見るべきなのは「適正原価はいくらになるのか」だけではありません。
どの費用を含めるのか。
実車率をどう考えるのか。
地域差をどう扱うのか。
効率化した企業をどう評価するのか。
こうした「計算方法」と「制度の考え方」が、最終的な適正原価の金額を左右することになります。
適正原価は、一つの全国共通運賃表を作れば終わる制度ではありません。
複雑な物流の原価をどこまで共通化し、どこから個別事情として扱うのか。
今回の第3回検討会で表面化した「一律化」と「細分化」の問題は、今後の適正原価制度を考えるうえで避けて通れないテーマです。
丸共協同株式会社では、今後も国土交通省の一次資料を確認しながら、適正原価、標準的運賃、燃料サーチャージ、附帯作業料金、帰り便・帰り荷など、物流を取り巻く制度の動きを分かりやすく発信していきます。
よくある質問
Q1. 適正原価とは何ですか?
トラック運送事業を適正に運営するために一般的に必要となる費用を基に算定される原価です。実際に荷主から収受する運賃そのものではなく、適正な利潤は別に考える必要があります。
Q2. 適正原価と標準的運賃は同じですか?
同じではありません。
国交省の現在の検討では、適正原価は費用側の基準であり、制度導入後も原価に利潤を加えたモデル運賃を運賃交渉の参考として示す案が検討されています。
Q3. 帰り荷があれば原価は安くなるのですか?
単純には決められません。
回送にも車両費、人件費、燃料費などが発生します。一方、帰り荷を確保できれば実車率が上がり、一連の運行で収入を得られる機会も増えます。
国交省では、帰り荷による実車率向上と、回送に必要な原価の扱いの両面から検討が進められています。
Q4. 一件でも適正原価を下回れば問題になるのでしょうか?
現在の国交省の検討では、個別の運送契約一件ごとではなく、一定期間における運賃・料金収入全体と適正原価全体を比較する方向性が示されています。
具体的な判定期間などは今後の制度設計で詰められます。
Q5. 適正原価はいつ始まりますか?
適正原価に関する法律は2025年6月11日に公布され、公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日に施行されます。
遅くとも2028年6月までの施行となります。
参考資料
国土交通省「トラック適正化二法について」
国土交通省公式ページ
国土交通省「適正原価の設定に向けた有識者検討会」
検討会公式ページ
国土交通省「第1回 適正原価の設定に向けた有識者検討会」
第1回検討会公式発表
国土交通省「第2回 適正原価の設定に向けた有識者検討会」関連資料
第2回検討会関連資料
国土交通省「第3回 適正原価の設定に向けた有識者検討会」
第3回検討会公式発表
国土交通省「標準的運賃に係る実態調査結果」
国土交通省公式資料
LOGISTICS TODAY「適正原価に滲む違和感、一律化と細分化の大きな壁」
LOGISTICS TODAY元記事
トラックニュース「適正原価の具体的な金額は議論せず『適正原価』は告示で示す」
トラックニュース元記事
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