森を守り、世界とつながる エクアドル・アマゾンのチャクラ農法とWiñak組合
森を守り、世界とつながる
― エクアドル・アマゾンのチャクラ農法とWiñak組合 ―
私たちが一枚のチョコレートを口にするとき、その原料であるカカオが、どこで、誰によって、どのように育てられているのかまで想像することは、あまりないかもしれません。
南米エクアドル。
そのアマゾン地域に位置するナポ県には、森とともに暮らしながらカカオを育ててきた先住民族キチュアの農家の方々がいます。
そこに広がっているのは、カカオの木だけが一面に並ぶ大規模農園ではありません。
カカオのそばにバナナがあり、キャッサバがあり、果樹があり、薬用植物があり、大きな木々があります。
農業の中に森があるのではなく、
森の中に、人の暮らしと農業がある。
そんな風景です。
この伝統的な農業の仕組みは、
「チャクラ」
と呼ばれています。
そして、この地域の小規模農家の方々が力を合わせ、自分たちの農産物の価値を自分たちの手で高めようとして生まれた組織があります。
Wiñak(ウィニャック)組合です。
これは単なる「カカオ農家の成功物語」ではありません。
森を守ること。
家族が暮らしていくこと。
受け継いできた文化を次の世代へ残すこと。
そして、自分たちが育てたものを、その価値を理解してくれる人たちへ届けていくこと。
そのために地域の農家の方々が長い時間をかけて築いてきた歩みです。
1.「チャクラ」とは、単なるカカオ農園ではない
一般的に「農園」と聞くと、一種類の作物が整然と並ぶ風景を想像するかもしれません。
しかし、エクアドル・アマゾンのチャクラは違います。
FAO(国連食糧農業機関)は、アマゾン・チャクラを、ナポ県の先住民族コミュニティによって管理されてきた伝統的なアグロフォレストリーシステムとして紹介しています。
キャッサバやバナナなどの食料作物。
果樹。
木材となる樹木。
薬用植物。
そしてカカオ。
さまざまな植物が一つの土地の中で育てられます。
FAOによれば、日常的に利用される植物だけでも100種類以上が確認されており、周囲の森林に近い多層的な植生を形成しています。
つまりチャクラは、
「カカオを生産する場所」だけではありません。
家族が食べるものを育てる場所であり、
伝統的な知識を受け継ぐ場所であり、
生物多様性を守る場所であり、
人々が生活する場所でもあります。
2.2023年、世界農業遺産へ
こうしたチャクラの価値は、世界的にも認められています。
2023年、エクアドル・ナポ県の「アマゾン・チャクラ」は、FAOの世界農業遺産(GIAHS)に認定されました。
評価されたのは、生産量の多さではありません。
食料と暮らしを支えること。
生物多様性を守ること。
先祖から伝わる知識を残していること。
地域社会や文化を支えていること。
そして自然と人との関係を長い年月にわたって維持してきたことです。
経済だけでもない。
環境だけでもない。
文化だけでもない。
それらすべてが一つにつながっているところに、チャクラの大きな価値があります。
3.地域の農家が、自分たちでつくったWiñak
Wiñakの歩みは、2010年に突然始まったものではありません。
Wiñak公式サイトによれば、その活動は1996年にナポ県アルチドナで始まりました。
地域のキチュアの農家の方々が、自分たちの土地で生産される農産物の価値を高める可能性を考え始めたことが原点です。
2002年ごろには、チャクラで育てられている重要な作物の一つとして、
「ファインアロマ・カカオ」
に市場の可能性があることに注目しました。
ファインアロマ・カカオとは、単に大量生産されるカカオではなく、香りや風味の個性が評価され、国際的な専門市場でも取引されるカカオです。
カカオの生産が増えるにつれ、一軒一軒の農家だけではなく、
農家を代表し、共同で取り組める組織が必要だ
という考えが生まれていきます。
そして、
2010年7月29日。
Asociación Agro Artesanal Wiñakが正式に誕生しました。
この設立日はWiñak自身の公式資料にも明記されています。
Wiñakという名前には、キチュア語で「発展」「進歩」といった意味が込められています。
4.一軒一軒は、今も小さな農家
Wiñakの農家が巨大な農業企業になったわけではありません。
現在も、一軒一軒は地域に根付いた小規模農家です。
農家数については、資料の作成年や会員区分、調査対象によって違いがあります。
Wiñak公式サイトでは257農家とされていますが、研究資料にはこれとは異なる人数が記載されているものもあります。
そのため本稿では、一つの数字に無理に固定せず、
「数百のキチュアの小規模農家がつながる組織」
として紹介します。
重要なのは人数そのものではありません。
一軒では難しいことを、
農家同士がつながり、協力することで可能にしていったことです。
5.ただ集まったのではない
農家が集まれば、それだけで世界市場へ商品を届けられるわけではありません。
品質を整える。
カカオを集荷する。
適切に発酵させる。
乾燥させる。
選別する。
保管する。
品質を確認する。
認証を取得する。
輸送する。
そして買い手を探す。
一軒の小規模農家だけですべてを行うのは簡単ではありません。
Wiñakは、地域で生産された作物を集め、保管し、加工し、販売するとともに、農家への技術支援、研修、認証、輸送支援なども行ってきました。
2023年に学術誌『Entorno Geográfico』に掲載された
「Cosmovisión kichwa, sistemas agroforestales y alternativas sustentables para la Amazonía」
では、WiñakのMario Shiguango氏への聞き取りとして、組合員世帯の所得は通常の市場で販売する場合より「約30%良い」との説明が紹介されています。
Shiguango氏は、公的資料において過去にWiñakの生産部門責任者などを務めた人物としても紹介されています。
ただし、この「約30%」は大規模な統計調査によって全農家に一律に当てはまると証明された数字ではありません。
Wiñak関係者への聞き取りとして示された数字です。
さらに、2024年に学術誌『Land』に掲載された
「A Simplified Integrative Approach to Assessing Productive Sustainability and Livelihoods in the “Amazonian Chakra” in Ecuador」
では、Wiñakを含む330世帯を対象に、生産と暮らしの状況が分析されています。
この研究からも、チャクラ農家を取り巻く経済環境には、現在も厳しい面が残っていることが分かります。
だからこそ、
「組合をつくって豊かになり、すべての問題が解決した」
という単純な物語として見るべきではありません。
厳しい条件が残る中でも、
自分たちの力で少しでも農産物の価値を高め、選択肢を増やそうとしてきた。
その歩みこそ、大切なのだと思います。
6.アマゾンのカカオが、日本へ届く
やがて、チャクラで育ったカカオは国境を越えるようになります。
アルチドナ地域についての研究では、地域のチャクラから生産されたカカオが、ドイツ、米国、日本などへ輸出されていることが報告されています。
そして日本については、さらに明確なつながりがあります。
ママノチョコレートの発表によれば、2021年にWiñak組合とのカカオ豆の直接取引契約が締結されました。
それ以降も、ナポ県アルチドナ周辺のWiñak農家が育てたカカオと日本とのつながりは続いています。
この地域で育てられているアリバ・カカオは、実が成長する間は緑色をしていますが、成熟すると緑色から美しい黄色へと変化します。
その黄色が、収穫時期を知らせる一つの目印になります。
ママノチョコレートの現地報告でも、熟したカカオの実が緑色から黄色へ変化する様子が紹介されています。
収穫されたカカオは、そのまま日本へ運ばれるわけではありません。
発酵。
乾燥。
選別。
水分の確認。
発酵状態の確認。
ロット管理。
さまざまな工程を経て、初めて輸出できるカカオ豆になります。
ママノチョコレートは2025年、日本への出荷を前にWiñak側で行われる、こうした品質確認の様子についても現地から紹介しています。
アマゾンの森で、一つの黄色いカカオの実が収穫される。
実を開き、カカオ豆を取り出す。
発酵される。
乾燥される。
選別される。
海を越える。
そして日本で、一枚のチョコレートになる。
私たちが何気なく口にしているチョコレートの向こう側には、
農家がいて、家族がいて、森があり、文化があり、そして物流があります。
7.次の世代へつなぐ
Wiñakが目指しているものは、
「カカオを海外へ高く売ること」
だけではありません。
Wiñak自身は、農家の生活条件の改善、とりわけ女性や若者の発展を目的の一つとして掲げています。
その考えは現在の活動にもつながっています。
2026年、日本側との「みんなで育てるカカオの森プロジェクト」では、
31名の若者農家へ届けるための6,200本のカカオ苗木を育てる取り組み
が進められています。
2026年7月に公表された現地報告では、苗木はまだ準備段階であり、今後、若者農家へ届ける予定とされています。
ここで大切なのは、単にカカオの生産量を増やすことではないと思います。
若い人が自分の土地で農業を続けられること。
農業に将来を感じられること。
森を残せること。
チャクラの知識を次の世代へ渡せること。
そして地域で暮らしていける可能性を広げること。
苗木一本一本には、そんな未来も託されています。
8.「守ること」と「変わること」を分けない
チャクラについて知るほど、印象に残ることがあります。
それは、
自然を守ることと、経済をつくることを別々に考えていない
ということです。
森を守る。
でも、農業も続ける。
昔からの植物を育てる。
でも、海外市場ともつながる。
伝統的な方法を大切にする。
でも、品質管理や輸出という新しい仕組みも取り入れる。
変わらないものを守りながら、
必要なところは変えていく。
だからこそ、チャクラという仕組みは長く受け継がれてきたのではないでしょうか。
そしてもう一つ、Wiñakの歩みを見ていて、私たちが強く感じたことがあります。
それは、
こうした未来をつくるために、農家の方々が巨大な農業企業になったわけではない
ということです。
9.小さくても、協力しあうことで広がる可能性
ここから少しだけ、日本の物流について考えてみたいと思います。
もちろん、エクアドル・アマゾンの先住民族の農業と、日本の物流業界を同じものとして語ることはできません。
歴史も、
文化も、
自然環境も、
産業構造も違います。
その違いを十分に理解したうえで、それでも私たちが学べることがあります。
Wiñakの農家は、一つの巨大農園になったわけではありません。
一軒一軒は小規模農家のままです。
しかし、協力することで、一軒だけでは難しかったことが少しずつ可能になっていきました。
品質をそろえる。
作物を集める。
発酵や乾燥を行う。
情報を共有する。
輸送する。
そして世界の市場とつながる。
それぞれの農家が自分たちの土地や暮らしを大切にしながら、必要なところで力を合わせています。
ここに、とても大切なことがあるように思います。
小さいことそのものが問題なのではありません。
一人では難しいことも、
互いに協力し、
得意なことを持ち寄り、
情報を共有し、
一緒に仕組みをつくることで、
できることは大きく広がります。
日本の物流業界にも、多くの中小運送会社があります。
一社一社には、
長年積み重ねてきた経験があります。
地域があります。
得意な輸送があります。
ドライバーがいます。
お客様との信頼があります。
一方で、一社だけでは営業にも、情報にも、車両にも限界があります。
だからこそ、
それぞれが持つ良さを失うことなく、必要なところで協力する。
そんな考え方が、これからさらに重要になるのではないでしょうか。
大きな一社になるのではなく、
小さな会社同士が、それぞれの特徴を持ったまま協力しあう。
そのことで、一社ではできなかったことができるようになる。
Wiñakの歩みは、そんな可能性についても考えさせてくれます。
10.価値が、正しく届く仕組み
今回、エクアドルのチャクラ農園について調べながら、私たち丸共協同株式会社が改めて考えたことがあります。
それは、
価値のあるものが、その価値を理解する相手へ正しく届く仕組みの大切さ
です。
どれほど良いカカオを育てても、
その価値を理解してくれる買い手と出会えなければ、本来の価値が十分に伝わらないことがあります。
物流にも似たところがあります。
良い運送会社があっても、
その会社を必要としている荷主企業と出会えなければ仕事にはつながりません。
反対に、
荷物を運んでほしい荷主企業がいても、その条件に合う運送会社を知らなければ出会うことができません。
だからこそ、
情報をつなぐこと。
人をつなぐこと。
価値と価値をつなぐこと。
これから、ますます大切になっていくのではないでしょうか。
11.森を森のまま、農家を農家のまま
エクアドル・アマゾンのチャクラを、
単なる「珍しいカカオ農園」として紹介するだけでは、その本当の価値は伝わらないと思います。
そこには、
何世代にもわたって受け継がれてきた知恵があります。
森があります。
家族があります。
文化があります。
そして、その土地でこれからも暮らしていこうとする人々がいます。
Wiñakも、突然生まれた成功モデルではありません。
地域の農家の方々が長い時間をかけて、
自分たちの農産物の価値を考え、
少しずつ組織をつくり、
品質を高め、
仕組みを整え、
世界との道をつくってきました。
私たちがこの歩みから学びたいのは、
「小さな者が集まれば、大きくなれる」
ということだけではありません。
むしろ、
小さいままでも、その価値を失わずにつながることができる。
ということではないでしょうか。
森を、森のまま残す。
農家を、農家のまま残す。
地域を、地域のまま残す。
そのうえで、世界とつながっていく。
遠く離れたエクアドルのアマゾンで続いているチャクラとWiñakの歩みは、
日本にいる私たちにも、
「つながるとは、どういうことなのか」
を静かに教えてくれているように思います。
参考資料
・FAO「Amazonian Chakra, a traditional agroforestry system managed by Indigenous communities in Napo province, Ecuador」
・FAO「Globally Important Agricultural Heritage Systems(GIAHS)」
・Asociación Agro Artesanal Wiñak 公式サイト
・『Entorno Geográfico』
「Cosmovisión kichwa, sistemas agroforestales y alternativas sustentables para la Amazonía」
・『Land』
「A Simplified Integrative Approach to Assessing Productive Sustainability and Livelihoods in the “Amazonian Chakra” in Ecuador」
・エクアドル衛生監督機関 Arcsa 関係資料
・VANILLABEANS「みんなで育てるカカオの森プロジェクト」
・ママノチョコレート「Wiñak組合との直接取引・エクアドル現地活動」
・ママノチョコレート「2022年のカカオ購入開始―エクアドル現地レポート―」
※Wiñakに参加する農家数は、資料の作成年、会員区分、調査対象によって異なります。Wiñak公式サイトでは257農家とされていますが、研究資料には異なる人数を示すものもあるため、本稿では「数百のキチュアの小規模農家」と表現しています。
※「通常市場より約30%良い」という所得についての記述は、2023年公表の学術研究に掲載されたWiñak関係者への聞き取りによるものです。統計的に全農家へ一律に当てはまる数字としては扱っていません。
※2024年の『Land』掲載研究では、Wiñakを含む330世帯について生産と暮らしの状況が分析されています。本稿では、この研究を現在も農家の経済環境には厳しい面が残ることを示す資料として参照しています。
※2026年の6,200本のカカオ苗木については、2026年7月公表資料時点では31名の若者農家へ届けるための準備段階です。「提供済み」ではなく、進行中の取り組みとして記載しています。
※Wiñak設立以前の農家について、所得向上や若者・女性の経済的機会の確保が課題だったことは確認できますが、「多くの農家が出稼ぎによって生活していた」と一律に断定できる一次資料は確認できなかったため、本稿では使用していません。
